子育てで人に頼ることが出来なくなったのはいつからだろう

HSP HSS型

人に遠慮するところから始まった

何か困ったことがあった時、人に頼ったり、頼んだりするのがイヤという人はいませんか。

実家の親ならまだしも義理の家族だったり、近所の人だったり、友人にはさすがに頼めないっていう人もいるかもしれません。

私が今この状況に陥っていて、少し苦しいと感じています。しかし最近読んだ、江原啓之さん著の「予言」という本に救われたので、本の紹介と共にこのことについて書いていこうと思います。

わたしは昔から人に頼るのが苦手で、人から頼りにされたり、人を助けたりするのは好きなタイプです。

人に何かを頼りたいと思ったとき、自分の状況と相手の状況をみて、明らかに自分の方が余裕があると感じてしまい、結果的に遠慮して人に頼れないことがよくありました。

困っているなら頼ればいいのにと頭では分かっていますが、心の奥底まで染み付いているような状況です。

個の社会では身内でなんとかする

昔(1980年より前〜)なら祖父母も同居した3世代家族も多かったと思いますが、今では個の生活を尊重し、3世代同居する家族は少なくなっています。

2世帯するにしても完全に居住スペースを分けることも多いですね。

それでも身近に複数の大人がいる環境では個育てにはならずに、家族や社会で子供を見て育てていく環境があります。

しかし2024年現在は都市圏を中心に、核家族という両親と子供だけという家庭も増えています。そうすると子供の急な体調不良や、子供の教育や生活面でも、親だけで面倒することになります。

子供の体調不良では、会社に頭を下げて、肩身のせまい思いをしたこともあるかもしれません。

また子供の習い事の送迎ややりたいことを応援するために、母親がフルタイムワーカーを諦めてパート勤務になったという方もいるでしょう。

それはどこの家も同じ、大変なのは同じ、と言われれば確かにと思いますが、本当にそれが正しいのでしょうか。

親は仕事と家事、育児に追われ、子供を必死に育てます。しかし元気なご老人もたくさんいる時代です。

核家族でなければもう少し余裕を持って子育てできるかも、またもう少し頼りあって仕事や子育てできればいいのにとも思います。

しかし実際は、祖父母世代も、子育て世代も核家族に馴染んでいる人が多いです。そうすると今更頼れないという気持ちもあります。

また同居や近くに住むとなるとお互いの気持ちを尊重した上で、頼ったり頼られたりしないとトラブルになりかねません。

血はつながっていなくても、頼れるサービスなどあればいいなと感じました。

我が家の場合は一時期、実家の近くに住んだことがありました。子供の体調不良の時は本当に助けてもらいました。しかし移住したため、今は核家族です。

頼れる人もいない状況で、家族だけでやっている状況です。住んでいる地域が田舎の集落ということもあり、3世代家族多数います。

大変そうだなと思いますが、助け合って暮らしているのだろうなと少しうらやましい気持ちもあります。

人に頼るには心を開くことが大事

では私はいつから人に頼れなくなってしまったのでしょうか。昔から頼らない傾向はありましたが、ここ数年の出来事かと思います。

核家族なんだから、自分とこでなんとかしなければならないという変な自意識も邪魔しています。

それと昔の経験が影響していると思います。テイカーという自分のことしか考えない人にうまく使われた経験があるからです。

人から頼み事をされて、引き受けたときにイヤな思いをしたことがあるため、逆に頼む時に相手にもイヤな気持ちを与えてしまうかもと心配になっているのです。

もちろん本当に困ったときしか頼るつもりもないですし、相手の事情が無理なら断ってもらって全然構わないと思っています。

しかし必要以上に相手の気持ちに立って考え過ぎています。また、大人になって自分の気持ちを正直に出さなくなったことも影響していると思います。

本当に困っているなら困ってるといえばいい。また辛いなら辛いと言っていい。

しかし殻にこもってしまった私はいつからか人に頼ることもしづらくなっています。

ここで江原啓之さんの「予言」で書いてあったことを紹介します。

人と深くかかわって傷つくのが怖かったり、わずらわしい人間関係が嫌という理由で「ひとり」でいることを好む人は増えているように感じるのです。(P119)

人間関係は基本的に迷惑のかけ合いです。だからこそ、お互いに困ったことがあったときには自然に助け合うものだと思います。そういった支え合いができなくなると、ますます「個」は拡散していくでしょう。(P120)

https://amzn.asia/d/icfRO7G

第二次世界大戦後、経済発展と共に核家族化、物資至上主義が進み、人の心がすさんでいっていると書かれています。

戦後、日本古来の助け合い文化よりも個人主義が尊重されてきました。しかし今、私が困っている状況からみても、過度に個人主義が進んでしまったように思います。

心の病にはなっていなくても、自分の心の殻にこもってしまったり、人と深い人間関係が築けなくなってしまった人も多くいるかもしれません。

そんな行く先には、孤独が待っています。そんな人生にならないためにも、自分の心を少しずつでも開いて生きたいと今は思っています。そして助け合いに私も参加していきたいです。

人に親切にし、バチにあたったことがあり、人に優しくすることに臆病になっていましたが、しかし今では自分の招いたことだったとわかります。

心を開き、大我な気持ちでいたいです。長くなりましたが、読んで頂きありがとうございました。

タイトルとURLをコピーしました